銀泉は浅草の伝統工芸士いづみけんのサイトです。般若心経ブレスレット、たいのたい、はっちょうとんぼ、市松リングなど江戸の伝統工芸である銀器とジュエリー、シルバーアクセサリーをご紹介します

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プロフィール

いづみ けん

伝統工芸士
文化学院金工非常勤講師12年勤務
日本彫金会会員
東京銀器工業協同組合理事

いづみけん いづみけん
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略歴

昭和29年 横浜出生
昭和51年 文化学院 卒業
昭和52年~53年 日本国内行脚の旅
昭和54年 株式会社 白金 入社
昭和56年~58年 東京銀器新作コンクール
・奨励賞 受賞
・金賞 受賞
・東京都知事賞 受賞
・東京都労働経済局長賞 受賞
昭和59年~60年 日宝連全国統一作品コンクール
・日宝連実行委員長賞 受賞
・中小企業庁 長官賞 受賞
・東京通商産業局長賞 受賞
平成元年~3年 JJAジュエリーコンテスト工芸部門
・山梨県知事賞 受賞
・労働大臣賞 受賞
平成5年 株式会社 白金 退社
※イタリア・北欧視察→帰国後 開業
平成7年~13年 伝統工芸日本金工展 入選
全日本金銀創作展
・ワールドゴールドカウンシル賞 受賞
・伝統工芸品産業 振興協会 会長賞 受賞
平成17年 浅草に工房店舗教室『銀泉いづみけん』設立
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インタビュー

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銀器の歴史

その昔、大陸では騎馬民族の移住生活により、割れない金属器が使われていたと推測されます。
その製作技術は奈良時代にわが国へと伝わり、正倉院御物のなかに幾つか銀の器が見られます。
その後、日本国内に於いて天皇家の食器や、戦国の武具の飾り等に銀が用いられ、また、金や銅との合金も作られ、日本独自の発展を遂げました。

一般の人たちに伝わるのが、江戸元禄後期のことです。  町の旦那衆が豊かとなり、職人に簪、印籠、煙管など作らせ、 町人に身近なものとなっていきます。
その後明治に廃刀令が下り武具刀剣類の飾り職人たちは花鳥風月を織り込んだ花器、人事風物誌的な置物、西洋文明的な装身具類などへと、古来の技を活かしていきます。
万国博覧会にも出品され、世界的に高い評価を受けました。

第二次大戦後、日本に駐留するアメリカ人が、祖国への土産にと大量の銀製品を購入しました。
  現在のストラップ的な小物から、装身具、食器、調味料容器、キャンドルスタンド、等などかなりの種類と量が生産販売され、これが今の東京銀器産業の発端となった次第です。